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更新日:2026年7月4日
資料館では、大中遺跡の出土資料をはじめジョセフ・ヒコや今里傳兵衛、梅谷七右衛門清政などの先覚者に関する資料、町内の漂流者や別府鉄道に関する資料を展示しています。
弥生語(古代語)の音声とあわせて、ぜひ郷土資料館で実際の展示をご覧ください。

大中遺跡出土資料

ふるさとの先覚者

別府鉄道資料
子どもたちに人気のあるコーナーが、「弥生語(古代のことば)」です。
古代の朝鮮語と日本の古い文献に残る表現や発音などをもとに、
大学の研究者が弥生時代後期のことばを復元したものです。
ヤァイマツィタティ:やぁ、みなさんこんにちは
コノツァトパワンガオポナカムラナリ:この村は、わたしたちの大中村です
ティティパパパアルパ:お父さんお母さんは
タマタパタカイニインダィタティアルパ:田や畑に出たり
ウミニティツゥナンドリツゥン:海へ漁に行きます
ワライアルパウミマタカパニティ:わたしたちは海や川で
ウウォトリアルパ:魚をとったり
コイニノムボリティアツォムブン:木に登ったりして遊びます
ツィカラムバムイナピトヨ:では、みなさん
ユルルカニミティユキタマピヨ:ゆっくり見て行ってください
下のイラストをクリックすると、「弥生語」を聞くことができます。
続きを聞きたい方は、資料館へお越しください。
大中遺跡といえば土器がたくさん発見されたことで有名です。
弥生土器は、縄文土器と比べて、うすくて固いのが特徴です。
資料館では、いろいろな形をした弥生土器を展示しています。

弥生土器

土こう
弥生時代の人々は、矢じりを使って狩りをしたり、
石斧(いしおの)を使って木を切ったり、
台石(だいいし)で木の実をつぶして粉を作ったり、
紡錘車(ぼうすいしゃ)で糸をつむいだりしていました。
館内には、出土資料をはじめ弥生時代の食事や生活道具などを展示しています。

石鏃(せきぞく)

石斧と砥石

弥生時代の食事とたて穴住居

弥生時代の機織り
大中遺跡では、弥生時代の祭りに使われていたと思われる道具が発見されています。
内行花文鏡片(ないこうかもんきょうへん)
この鏡は、後漢時代の中国から運ばれてきました。
その破片にはひもを通すための穴が2つ開いています。
祭りなどの儀式を行う人が、首からかけて使っていたと考えられています。
下の写真は復元した内行花文鏡で、播磨町の指定文化財になっています。


大中遺跡からイイダコ壺が発見されました。
イイダコ壺は、ひもにつないで海にしずめ、タコが入ったら引き上げます。
また、網(あみ)に付ける土錘(どすい)もたくさん発見されました。
どうやら大中遺跡の人々は、近くの海で漁をしていたようです。
イイダコツボ
土錘(どすい・土のおもり)
播磨町の先覚者として、「新聞の父」ジョセフ・ヒコ、「新井開削の父」今里傳兵衛、「苦労人庄屋」梅谷七右衛門清政を紹介しています。また、栄力丸の漂流者をはじめ播磨町に関する漂流者についてもコーナーを設けて展示しています。写真は「ふるさとの先覚者」コーナーです。

土山駅から大中遺跡へ向かう道として人々に親しまれている「であいのみち」は、昭和59年1月31日に廃止された別府鉄道土山線の廃線跡です。資料館の横に展示している機関車「DC302号」と客車「ハフ5号」は、廃線後に町へ寄贈されたものです。
機関車と客車に乗車することができます。
※工事のため、別府鉄道車両は令和8年10月末まで見学できません。

常設展示(大中遺跡、今里傳兵衛、ジョセフ・ヒコ、別府鉄道など)の解説を希望される方は、事務所窓口へお申し出ください。なお、都合により対応できない場合があります。
また、団体やグループで解説を希望される場合は、事前に電話でご予約ください。
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