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更新日:2026年8月14日

竪穴住居の屋根について

質問

建築分野では、竪穴住居は土屋根だったと紹介されています。
ところが、大中遺跡公園ではカヤ葺きの復元竪穴住居を見学しました。
どうして土屋根住居ではないのですか。

回答

大中遺跡(弥生時代後期~古墳時代初期)公園で現在復元されている竪穴住居は、発掘調査の成果や復元当時の考古学的知見に基づきカヤ葺きとして整備されています。
一方で、鳥取県・妻木晩田遺跡(弥生時代後期)では、1992~1998年の発掘調査で確認された焼失住居の分析から、竪穴住居はカヤを葺いた屋根の上に土をかぶせた土屋根住居であったことが明らかになっています。
では、全国の弥生時代の史跡では、竪穴住居の屋根はどのように復元されているのでしょうか。復元方法は、発掘調査や研究の成果をもとに、他の弥生時代遺跡との比較・検討を踏まえて決定されています。そのため、屋根の構造が遺跡ごとに異なる場合があります。
なお、その違いに注目しながら、各地の史跡を巡る「弥生御朱印めぐり」に出かけてみてはいかがでしょうか。
復元住居を見比べることで、それぞれの遺跡で積み重ねてきた発掘調査や研究の成果、地域ごとの特徴を、より身近に感じることができます。
こうした復元住居の時間の経過による変化や維持管理の様子を観察することは重要な取り組みであり、考古学だけでなく建築学への知見としても活用できると思います。

お問い合わせ

部署:播磨町郷土資料館

住所:加古郡播磨町大中1丁目1番2号

電話番号:079-435-5000

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