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更新日:2026年8月14日
播磨町本荘の金泉寺の成り立ちなど、郷土の歴史を知りたい。
金泉寺は、現在の播磨町本荘にあるお堂で、江戸時代の東本庄村庄屋梅谷七右衛門清政(1683~1762)の功績と深く関わっています。
播磨町指定文化財『愚胸記』によると、清政は、村内にあった三昧(墓地)を川の東に移し、その旧三昧跡地に角之坊(現在の金泉寺)を建立したと記されています。堂守を置いて朝夕の読経を行わせ、毎年7月7日には施餓鬼供養を営んだとされます。
『愚胸記』は、江戸時代の喜瀬川の改修や村づくりなど、郷土の歴史を今に伝えています。
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